Bunshuが歩く。

歩くように日々考えていること、思っていること。思いつき。

【Fiction】詩をよむウサギ

 

 「さっちゃん」は優しい。今日も私のことを思ってくれている。

 

 

 

 とある町のとある一軒家の玄関、私は小さな籠の中で暮らしていた。私の家は小さくて、ご飯の入れ物、トイレがあって、私が動けるスペースは限られていた。けど、私は幸せ。だって優しい「さっちゃん」がいるから。

 

 私はウサギ。野生のウサギは野原を駆け回ると聞いたことがあった。私は生まれてこの方、たいてい籠の中で暮らしていた。けど、私は幸せ。だって優しい「さっちゃん」がいるから。

 

小さいときはペットショップで暮らしていた。私以外にもいろんなウサギとか、鳥さんとか、犬さんや猫さんもいた。そこにはたくさんお友達がいた。このおうちで、ウサギは私だけ。みんなもいない。けど、私は幸せ。だって優しい「さっちゃん」がいるから。

 

基本的には籠の中で日々を過ごすけど、一日に一度だけ外に出ることができた。お散歩の時間だ。私はこの時が大大大好きだった。はしゃぐあまり頭をぶつけることもあった。狭いところが好きだから、棚の下に潜り込むこともあった。ホコリまみれになった。こんな時は、優しい「さっちゃん」に怒られた。怒りながらホコリを取ってくれた。そんな優しい「さっちゃん」は私の誇り。

 

 

 

さっきも言ったけど、もっと小さかったころ私はペットショップと呼ばれるところでおじさんとお友達と暮らしていた。今と同じようにご飯もあるし、お水もある。仲間もいるし、楽しかった。

 

そんな私に、毎日毎日会いに来てくれる人がいた。「さっちゃん」だった。

 

「さっちゃん」はいつも一人だった。いつもお空が暗くなる前くらいにやってくる。私の暮らしている籠の前に立ち止まり、私を見た。私も「さっちゃん」を見た。「さっちゃん」の目はいつもキラキラしていた。こんな目をしている人を、私はペットショップで見たことがなかった。おじさん以外に。

 

 

 

そんなある日、「さっちゃん」が大人の人を連れてきた。「さっちゃん」によく似た人だと思った。あとからわかったんだけど、「さっちゃん」のお母さんだった。

 

私はお母さんを知らない。気づいた時には一人だった。友達はいっぱいいたけど、お母さんはいなかった。だから私は一人だった。

 

「さっちゃん」のお母さんとペットショップのおじさんが話をしていた。「さっちゃん」の目はいつもよりいっそうキラキラしていた。「さっちゃん」は私を見ている。

 

しばらくして、私は別の籠に移された。そして「さっちゃん」が嬉しそうにその籠をつかんだ。ペットショップのおじさんが私に話しかけた。「いってらっしゃい。元気でね」。

 

なんでかわからない。なんでかわからないけど、私はちょっぴり悲しかった。おじさんも悲しそうだった。けど、「さっちゃん」は嬉しそうだった。

 

 

 

その日から、新しい籠の中での生活が始まった。今まで通り、毎日「さっちゃん」が会いに来てくれた。けど、今までと違うの同じおうちにいること。だから一緒にいる時間も今までより、うんと長い。

 

朝早く「さっちゃん」はどこかへ出かける。学校というところに行くらしい。

 

私はウサギ。ウサギは夜行性。夜の方が好きだ。朝はどちらかというと、まだ元気なほう。だって朝と夜はとなり合わせだから。お昼は眠い。だって昼は夜と背中合わせだから。夕方になると元気が出てくる。だって夕方は夜ととなり合わせだからね。

 

私は夜行性でよかったと思っている。だって「さっちゃん」と一番長く遊べる時間が一番元気だから。一番大切な時間だから。もし私が、お昼は元気で、夜は眠たくなるウサギだったら、「さっちゃん」との時間をめいいっぱい楽しむことができなかったかもしれない。だから私は誰かさんに感謝している。ウサギを夜行性にしてくれてありがとうって。

 

 

 

夕方くらいになると「さっちゃん」がおうちに帰ってくる。いつも私の籠に顔を近づけて「ただいま」をしてくれた。私も心の中で、大きな声で「おかえり」と叫んだ。

 

「ウサギは鳴かなくていいね」という人がいる。確かに、ウサギは鳴かない。鳥さんや犬さん、猫さんみたいには。けど、ウサギだってたまには鳴きたい時がある。そんなときは鳴かしてほしい。基本的には、腹の底から怒った時くらいだけど。

 

私が「おかえり」と言いながら、「さっちゃん」の方に近寄ると、「さっちゃん」は頭をなでてくれた。これが私にとって最高のひと時だった。そしてその時の「さっちゃん」も本当に幸せそうな顔をしていた。

 

「さっちゃん」も私も、生物学的には「雌」と言うらしい。ペットショップにいるとき、物知りのネズミさんが教えてくれた。雌の私にとって、「さっちゃん」は同性と言うらしい。生物学的には同性間の両想いは不思議なんだって。「だって二人の遺伝子を残すことができないじゃないか」とそのネズミさんはむつかしいことを言う。

 

遺伝子が何なのか私は知らない。そんな私は言った「世の中は不思議なことだらけ。一つくらい不思議なことが増えても誰も怒らないんじゃないかしら」。「いいね!」ネズミさんは答えた。これがネズミさんの良いところだ。自分の考えを持っている。けど、その考えを押し付けたりはしない。誰かの意見を否定しない。反対意見をいう時もかならず「いいね!」で始める。けど、「さっちゃん」と私は紛れもなく両想いだ。触れ合っている時の二人の顔が何よりの証拠だ。あの幸せは嘘ではなかった。いや、嘘ではない。

 

 

 

私は恋を知らない。話に聞いたことはあるけれど、どんなものかよくわからない。すごく楽しいもので、時にすごく辛いものらしい。むつかしい。それが原因で争いごとが起こることもあるらしい。いろんな人や、その他の動物が求めるそれは、きっととびっきりおいしいに違いない。私もいつか味わってみたい。

 

私は愛を知っている。「さっちゃん」と私の間にあるもの。目には見えないけれど。「さっちゃん」は私にそれを注いでくれるし、私も「さっちゃん」にそれを注ぐ。もう、これでもかってくらい。目には見えないけれど。

 

 

 

そんな私が一度だけ、病気になったことがあった。なんだか体がポカポカして、景色がぼやけて見えていた。しんどかった。けど、「さっちゃん」を心配させてはいけないと思った。大好きだから。「さっちゃん」に気付かれてはいけないと、隠していた。

 

「さっちゃん」が学校に行っている間に、私はしんどくなってついに倒れてしまった。横向けにバタリと。おうちにはたまたま、お母さんがいた。倒れている私に気付いたお母さんが慌てて電話を取った。そこまでは覚えている。

 

見たこともない部屋にいた。真っ白な服を着た人が私の横に立っていた。一瞬、チクリと痛い思いをした。けど、その後すぐに気持ちよくなって眠ってしまった。

 

目が覚めたら、おじさんのところにいた。ペットショップのおじさんのところだ。仲良くしていたお友達はほとんどがいなくなっていた。その日、私は「さっちゃん」に会うことができなかった。

 

 

 

次の日、「さっちゃん」とお母さんが迎えに来てくれた。「さっちゃん」の目はいつもの目じゃなかった。キラキラはしていた。けど、いつものキラキラとはちょっと違った。なんだか鼻のあたりがツンとした。

 

その日、「さっちゃん」は遊んでくれなかった。けど、それは「さっちゃん」の優しさだと私はわかっていた。「さっちゃん」は優しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっちゃん」は優しい。それは紛れもない事実だ。誰が何と言おうとそれは事実だ。私が保証する。

 

優しい「さっちゃん」が遊んでくれなかったのは「あの日」だけだった。それから毎日、私は優しい「さっちゃん」と遊んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい「さっちゃん」も大人になった。とてもお母さんに似てきた。

 

今、優しい「さっちゃん」は、私たちのおうちにはいない。一人暮らしというやつをしているらしい。

 

それでも、「さっちゃん」は優しい。私のことをときどき思い出してくれている。そして目をキラキラさせている。どちらかというと、「あの日」私を迎えに来てくれた時のように。

 

 

 

私はウサギ

籠の中で暮らしてる

けど、私は幸せ

 

私はウサギ

お友達と離れ離れ

けど、私は幸せ

 

私はウサギ

サヨナラおじさん

けど、私は幸せ

 

私はウサギ

よろしく「さっちゃん」

そう、私は幸せ

 

私はウサギ

お昼は眠たい

けど、私は幸せ

 

私はウサギ

頭をなでてもらえる

だから、私は幸せ

 

私はウサギ

恋は知らない

けど、私は幸せ

 

私はウサギ

愛なら知ってる

だから、私は幸せ

 

私はウサギ

おかえり「さっちゃん」

あなたは幸せ?

 

私は幸せだったよ

優しい「さっちゃん」

 

 

 

fin.